「うちの子、育てにくいかもしれない」
「他の子とちょっと違う気がする」
お母さんやお父さんが我が子についてそんなふうに感じるとき、その「勘」ほど信じるべきものはないのに、勇気を振り絞って相談に行くと、保健師さんには「まだこの年齢なので、個人差だと思いますよ」と言われ、病院に相談しようとしても、予約が取れるのは半年以上先だということも…。ようやく診てもらえてもやっぱり「もう少し様子を見ましょう」と言われてしまう。
日本では、発達障がいの診断がなかなかおりない、と当事者のお母様に聞きました。
そして診断がなければ、それを支援するための「療育」も始まりません。
見た目ではわからない「グレーゾーン」と呼ばれる子どもたちは、その間に集団生活に馴染めず、親も子もつらい思いをすることがあります。
SNSで誰もが情報を発信するようになって、良くも悪くも我が子の「周りとちょっと違うところ」に気づける親御さんは増えています。
「うちの子の困ったところに診断名がついたら、少しは気持ちが軽くなるのに」「あなたはこんな特性があるから今まで生きづらかったんだね。と分かってあげられるのに…」そんな、もどかしさを抱えて今日も子育てしている親御さんが今この瞬間にもどれだけいるでしょうか。
アメリカでは“気づいたら”すぐにサポートが始まる
一方でアメリカでは、診断が早く、療育のスタートも早いです。
「うちの子、癇癪がひどくて」と相談すれば、専門家の元で「見通しを持って、段取りを決めて行動する」という練習を、たとえ保育園児でも療育として始められます。
さらに、療育の先生と親御さんがしっかりコミュニケーションをとりながら、「家庭ではこうしていくと良いですよ」という具体的なアドバイスを受けられるので、お母さんやお父さんが家庭で「もうどうしたらいいんだろう」と孤独に悩む時間を減らすことができる可能性があります。少なくとも、「専門家と一緒になって我が子に向き合う」という体制が、日本よりも整っています。
このように初動が早いと、アメリカでは小学校に上がるころには、発達の問題をほとんど感じさせず、発達が一般的な子どもと同じ学級で過ごせているという子どももいます。発達の問題ではなく、”個人の個性”というレベルにまで持って行けている実例があるのです。
日本では、はっきり診断してもらえるのは小学校になってから?
日本では、やはりこうしたサポートや初動が遅れがちだと感じます。
本格的に集団生活が始まる小学校で「やっぱりうちの子、どこか違う」と親御さんが改めて確信し、そこでやっと発達の検査を受けることができ、診断されるケースがも本当に多いそうです。
それまでに、すでに子どもが何度もつまずき、親も余裕がなくなり、何度も叱り続け、親子で傷ついてしまっていることも少なくありません。
私たち親は、できることならもっと早く、もっと違う方法で、子どもをサポートしたかったんです。
でも、日本にはその“選択肢”が少なすぎるのです。
グレーゾーンの子の、教育の選択肢
子どもを特別支援学級に入れるには、診断や判定が必要です。
しかも、特別支援学級には身体障害・知的障害の子と一緒のクラスになることも多く、
「うちの子には少し違う支援が必要なんだけど…」とモヤモヤしている保護者も少なくありません。
私立小学校はというと、「特別支援には対応していません」と言われることもあります。
インターナショナルスクールなら尚更、障害者支援の制度が整っていないところがほとんどです。
「子どもの教育に向き合いたい」
「手間もお金もかける覚悟がある」
でも、そのための場所がない、選べない、諦めるしかないという現実。
私は、その状態をなんとかしたいと思っています。
留学は逃げじゃなく、新たな選択肢
もちろん、留学が誰にでも適しているとは思いません。
障がいや発達特性の種類によっては、飛行機に乗ること自体が難しい子もいます。
だからこそ、親子で一緒に行く「親子留学」という形が、現実的で、安心できる選択肢になるのではないかと感じています。
親がそばにいることで、子どもは安心して海外の環境に馴染むことができます。一方で、どんなに優秀な専門家を雇っても、”親でなきゃ”わからない親子の部分は本当にたくさんあります。
そして、親自身も子育てや教育への考え方を根本から見つめ直す時間になる。
発達のデコボコに対する見方は、日本とアメリカでは本当に違います。
アメリカでは「できない子」ではなく、「その子なりの伸び方がある子」として対応してくれる環境があります。
そこに私はとても希望を感じていますし、今この瞬間も悩んでいる親御さんの助けになりたいと思っています。
親だって「試せる」社会であってほしい
グレーゾーンの子育ては、“正解”がありません。
でも、試してみることはできます。
私は「親子留学」「短期留学」という選択をその1つとしてもっと知ってほしいし、「やってみたい」と思った人が、それを現実にできる社会であってほしいと思っています。
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